大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和45年(わ)538号 判決 1971年8月04日

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

訴訟費用中国選弁護人蔵持和郎に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中道路交通法違反の点について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車の運転の業務に従事しているものであるが、昭和四五年七月一六日午前〇時五〇分ころ、普通乗用自動車(宮五ほ四三四二号)を運転して名取郡岩沼町方面から仙台市方面に向け、時速約八〇粁で進行中、名取市増田町字北谷一四一番地附近道路にさしかかったが、自動車運転者は絶えず前方注視を厳にして進行し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自車のダッシュボードを覗く等して脇見運転した過失により、約三〇米手前から左側方向指示器操作し、前方道路左側に停車しようとしていた畠山孝一運転の普通貨物自動車をすみやかに発見できず、約一九・八米に近接して衝突の危険を窺知し、急ブレーキをかけ、右にハンドルを切ってこれを避けようとしたが及ばず、自車の前部左側を右普通貨物自動車後部バンバー右側に接触させて自車を路上に横転させ、よって、自車の同乗者高橋ヨシ子(当時三一年)を頭蓋底骨折、脳挫傷により即死するに致らせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

法律によれば、被告人の判示所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、所定刑中禁錮刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を禁錮一〇月に処し、訴訟費用中国選弁護人に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることにする。

(一部無罪の理由)

一  本件公訴事実中道路交通法違反の点は、「被告人は、昭和四五年七月一六日午前〇時五〇分ころ、名取市増田町字北谷一四一番地附近道路上において、血液一ミリリットルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、前記普通乗用自動車を運転したものである。」

というにある。

二  よって検討するに、道路交通法六五条、一一七条の二第一号(昭和四五年法律第八六号による改正前のもの)とは、身体に血液一ミリリットルにつき〇・五ミリグラム又は呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有するものが、アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれのある状態で車両等を運転した場合である。

三  そこで、本件について検討すると、

1  本件当時被告人の血中アルコール濃度につき、その鑑定結果を表すものとして、門伝亀久郎作成の鑑定書および第二回公判調書中証人門伝亀久郎の供述部分があるが、同証拠のうち鑑定の結果に関する部分は次のとおりの理由で証拠能力が認められないので、これを排除する。

(一) ≪証拠省略≫を綜合すると、被告人は本件当時事故を起して、救急車で岩沼町所在の芳賀病院に運ばれ、直ちに治療を受けたが、医師の診療に先立って、医師芳賀次郎の指示を受けた看護婦が注射器を使用して被告人の中静脈から血液約二ミリリットルを採取したこと、その際、被告人は、右事故による負傷のため、失神状態にあって意識がなく、同医師は血管から血液採取することに関して被告人の諾否を確認しないで右血液採取を指示したこと、同医師は警察の嘱託医として、包括して警察から交通事故者について、飲酒の有無を確認するため、その疑があれば血液を採取するように委嘱を受けていたこと、右採取した血液は岩沼警察署巡査部長小松敏男に対し被告人の身体に保有する血中アルコール濃度を測定する資料として手渡し、その血液が宮城県警察本部刑事部鑑識課犯罪科学研究室に運ばれ、警察技術吏員門伝亀久郎が同血液中のアルコール濃度を測定し、その結果を鑑定書に作成し、右鑑定書が検察官によって当裁判所に証拠として請求され、弁護人がこの請求に対して同意せず、証人門伝亀久郎の供述によりその作成の真正が確認されたうえ刑訴法三二一条四項にもとづき採用され、取調べられたことが認められる。

(二) 本件に関しては右に認定したとおり、被告人から血液を採取するにあたり、裁判官の発する令状を求めなかったことは明らかであり、採血する際、被告人にこれを拒否する権利の告知もなされず、被告人の明示ないし黙示の承諾があったことを認めるに足りる証拠はない。又、本件血液の採取は医師の指示によって看護婦が行ったのであるが、同医師は警察の嘱託医であって、本件採血は専ら被告人の身体におけるアルコール保有量の測定の目的でなされているから、刑事訴追を目的とする捜査の一環として行われたことは明らかである。

(三) 右のように、本件採血行為は、捜査官が直接行ったものではないが、捜査官から依頼を受けたものが、専ら犯罪捜査の資料を得るために行ったものであり、単なる私人が行ったものということはできないし、被告人の任意の承諾が得られなかったのであるから刑訴法二一八条の身体検査令状が必要な場合であるにもかかわらず、令状に基づかずになされたもので、その収集手続に違法がある。ところで、証拠収集が法令手続に違背してなされた場合、証拠価値の有無を問わず証拠能力を有しないものとすべきものか問題であるが、憲法三一条、刑訴法一条の趣旨からすれば、少なくとも重大な手続違背が存する証拠についてはその証拠能力を否定すべきである。そうすると、採血行為自体は人の身体に対する傷害を伴うもので重大な人権にかかわるものであり、本件採血行為は令状主義に反し、重大な手続違背を犯してなされたものといわなければならない。従って、本件採取血液にもとづき、血中アルコール濃度を測定した結果が示されている証人門伝亀久郎の当公判廷における供述部分および同人作成の鑑定書は、鑑定結果に関しては証拠能力がないといわなければならない。

2  被告人が本件事故当時身体に法定濃度以上にアルコールを保有していたことを認定するに足りる証拠が他にあるか否か検討する。≪証拠省略≫によれば、本件事故の前日である昭和四五年七月一五日午後八時ころ、自宅で清酒約一合を冷酒のままで、同日午後八時半から九時ころまで、松島の居酒屋で清酒約一合五勺を飲んだ後、同日午後一一時ころまで同所で睡眠をとり、同日午後一一時一〇分過ころ被害者を伴って同店を出て本件自動車を運転し国道四五号線を通り仙台バイパスに出て仙台空港附近の食堂で食事をしたうえ、同所を出発して本件事故に遭遇したこと、事故後同年七月一六日午前二時半ころ病院において右小松が被告人と話した際被告人の呼気に酒臭を感じたことが認められ、被告人は本件事故当時酒に酔っていたことは認めることができるが、しかし、被告人の飲酒量は比較的少量で、かつ本件事故が飲酒後約三時間五〇分を経過して起きていること、被告人の事故前後の外観、動作について適格な証拠がないことから、本件犯行当時被告人が身体に保有していたアルコール濃度が明らかに法定アルコール保有濃度を超えていたと認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もっとも、≪証拠省略≫によれば被告人は同人に対しドライブインで飲酒した旨述べたという事実が認められるが、その酒の種類、量について聴取した事実は認められないので、これのみをもって被告人の身体保有アルコール濃度を推認することはできない。

3  以上のとおりであるから、本件公訴事実中、道路交通法違反の点については、その余の判断をするまでもなく犯罪の証明がないから刑事訴訟法三三六条による無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井宰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例